ゆうプロフィール

ゆう

英語講師 / 英語学習アドバイザー / 日英翻訳者

日本で英語を学び、子供英会話スクール講師や企業の日英翻訳者を経て、大人の英語学習者さんに英語学習のアドバイスやレッスンをおこなっています。

「英語を話す」というその先にある、「英語をツールに夢を叶えること」を達成するためのお手伝いをしています!

はじめまして!

このブログを書いている、英語学習アドバイザーの「ゆう」と申します。このたびは当ブログをご覧いただき、ありがとうございます(*’ω’*)

このブログでは、英語の勉強方法・英語を生かす方法・英語に関する豆知識などを書いています。

私はこれまで、学習塾英語講師、こども英会話教室講師、メーカー社内翻訳者として、英語を活かして仕事をしてきました。

2016年からは、大人の英語学習者さんを対象に、英語学習のコーチングや英語レッスンをしています。「英語が話せる」というのを目標にするのではなく、その先にある、「英語をツールに夢を叶える」ということを達成するためのお手伝いをしています!

 

普段仕事で英語を使うだけでなく、プライベートでも、

・アメリカ人の親友の家にふらっと行って3時間以上英語で女子トークしたり、

・アメリカやドイツへ1人で旅行に行ったり

・観光地で偶然出会った外国人と仲良くなっておしゃべりしながら観光を楽しんだり…

と、英語のある日常を楽しんでいます。

 

英語を話せるようになったのは、大人になってからなんです

ここまで聞いていただいて、

・英語の先生で翻訳者なんて、すご〜い

・小さい頃から英語を習ってたんじゃないの?

・もともと頭も良くて、英語のセンスもあったんでしょ

と思われたかもしれません。

でも実は、私が英語を勉強するようになったのは、大人になってからなんです。もちろん英語を話せるようになったのも、大人になってから。

私が生まれたのは静岡の田舎で、外国人の友達が周りにいたわけでもなければ、英会話スクールに通ったこともありませんでした。長期留学の経験などもありませんし、外国人の彼氏がいたこともなければ、旦那さんが外国人とかいう語学上達のアドバンテージもありません。

初めて「英語」というものに触れたのは、小学生の時でした。当時母が私のために入会してくれた、英語学習の教材があったのですが、これがもう、ぜんっぜん楽しくなかったんです。

どんな内容のことを勉強したのか、今ではもう覚えていませんが、その教材をやる時間がどうしようもなく大嫌いだったという記憶は残っています。(お母さん、ごめんね。涙)

中学生になり、学校での英語の成績は並。中学3年生のときに、高校受験のために受けた英検3級には、なんとかギリギリの点数で合格しました。でも、リスニングなんて「一体何言ってんだ?」って感じだったし、長文もほとんど読めませんでした。

高校生になると、ますます難しくなる文法に苦戦しました。

・こんな難しい文法、覚えるなんて無理!

・てかこれ、覚えて意味あるの?

・私、英語の才能ないな

と、こんな風に思っていたんです。

当時、学校にはニュージーランド出身のALTの先生がおり、「外国の先生と英語で話ができたらかっこいいよな〜」と言う気持ちは、なんとなくありました。でも、自分から英語を話すなんて、そんな自信も勇気も持ち合わせてはいませんでした。

 

初めての海外旅行

そんな私の高校の、修学旅行の行先がオーストラリアでした。(田舎の普通高校だったのですが、今考えるととても貴重な経験をさせてもらったと思います。)

ただし、私は自分の英語力に、これっぽっちも自信がありませんでした。

修学旅行のプログラムの中では、現地の高校生と交流する時間もあったのですが、私の英語は彼らには全く通じず…。自己紹介くらいはがんばったと思いますが、それ以外で会話はすることなんてできず…。身振り手振りでなんとかコミュニケーションするという感じでした。

 

自分の英語力に愕然とした極め付けの出来事は、自由時間に街に出かけた時のこと。。。

私はペットボトルのお水を買いたかったのですが、お店の人に「water」という単語を聞き取ってもらうことができなかったんです。発音が本気でダメだったんでしょうね( ;∀;) 最終的には、水を指差して「あれあれ!」と言って、なんとか購入するという。。。

「中学1年の時から5年も英語を勉強してるというのに、私ってまじで英語の才能ないんだ…!」

と思い知らされた瞬間でした( ;∀;)

 

しかし、

自分の英語力を完全否定されるような経験をしたにもかかわらず、私にとっての初めての海外旅行は、とても楽しいものでした。

・初めての長時間の飛行機

・目の前に広がる透き通った水色の海

・突然降り出した激しいスコール

・スコールの後のオレンジ色の夕焼け

・・・

オーストラリアでは時間がゆっくり流れて、空は日本よりも広くて高いように感じられました。

 

・海外って楽しい!

・海外って素敵だ!

・海外ってワクワクする!

・こんなにも自分の知らない世界があるんだ!

 

修学旅行はもう10年以上も前のことですが、その時の情景や、友達と一緒にドキドキしながら街に出かけていった時のことは、今でも鮮明に記憶に残っています。

 

大学で国際交流のサークルに入る

英語力に関してはセンスのかけらもなかった私でしたが、海外への憧れだけはもっていました。

そんな私は大学時代に、友達に誘われて国際交流系のサークルに入ります。

そのサークルは、国もバックグラウンドも宗教も違う仲間が集まり、それぞれが自分の信念を持ってる個性派揃いの集団でした。

サークルを一言で表せば、「みんな違ってみんな良い」「十人十色」という言葉がぴったりな感じ。

個性豊かだけれども、価値観の違いを理解しようとしていて、とても居心地の良い雰囲気でした。

アットホームで落ち着いていて、みんなで一緒に料理して食事をしたり。ある時には映画をみたり本を読んで、感想を伝え合ったり、それぞれの価値観を共有したり。。。またある時には、一緒にスポーツしたり、旅行に行ったり…。と、こんな活動をしていました。

私はここで出会ったサークル仲間が大好きで、この時はじめて「外国人の友達」ができたんです。

 

7年も英語を勉強したのに、言いたいことが英語で言えない

大学時代のサークル活動で、初めて外国人の友達ができました。(彼女のことは、以後Sちゃんと呼ばせてもらいます。)

Sちゃんとは、このサークルのつながりで知り合いました。彼女は夏休みの1ヶ月の期間だけ日本に訪れており、その時に仲良くなったんです。

そして、短期で日本を訪れていた彼女は、日本語が話せませんでした。私はSちゃんとたくさん話がしたくて、一生懸命英語でコミュニケーションをとろうとしたんです。

 

・・・でも、

私の英語は通じませんでした。

というか、伝えたいことはあるのに、それが口から出てこない。英語が出るまでに、とても時間がかかる。やっと口から出た英語は、発音や言い回しが下手くそでなかなか伝わらない…

「中学から7年も英語を勉強してるのに…」

「やっぱり私ってセンスないのかな…?」

「本当はもっと話したいのに…」

こんなもどかしい思いを持っていました。

 

ちなみにこの頃の私の英語力は、「TOEIC415点」です。(大学の授業で強制的に受験したものでした。)

TOEIC400点台ってどんなレベルかと言うと、「中高でそれなりに英語を勉強したけど、しばらく英語に触れていなかった人が勉強しないで受験した場合のスコア」と言われています。

大学で購入したTOEIC教材を使って、ちょっとは勉強したんですけどね(´;ω;`) やっぱり英語のセンスがなかった結果なんだと思います…。

 

実践的な英語を身に付けようと、決心する

私にとってTOEICの点数は正直どうでもよかったんですが、「Sちゃんともっと話がしたい!」という思いは強くありました。

ただ、Sちゃんが日本にいた期間はたったの1ヶ月。この短い期間では、私の英語力を流暢に会話できるまで引き上げることはできませんでした。

 

「次にSちゃんと会える日がきたら、絶対にもっと話せるようになりたい!」

「彼女が言ってることをわかるようになりたい!」

「私のことをちゃんと伝えたい!」

 

この時から私は、本格的に英語の勉強をしようと決意しました。そして大学3年生の時、春休みの1ヶ月間オーストラリアの語学学校に行こうと決めたんです。

ところがこの旅が、さらに私の心を打ち砕くことになりました。。。

 

2回目のオーストラリアで、こてんぱにやられる

英語を少しでも身に付けたくて出かけたオーストラリアの旅でしたが、私は現地での授業に全くついていませんでした…。そもそも英語が話せない状態で留学に行っても、たったの1ヶ月で語学力があがるわけなかったんです。

先生が言ってることも、クラスメイトが言ってることも、理解できずに頭の中が真っ白な状態でした。わからないことが嫌で嫌で、悔しくてたまらず、しまいには授業を抜け出しトイレの中で1人で泣く始末。。。

 

一方で、ヨーロッパ系の留学生たちの英語が流暢なこと。。。

自分より年下の外国人学生から、

「最初はできなくて当たり前よ。だってあなたいくつ?まだ若いんでしょ?」

みたいなことを言われて、慰められたりもしました。

 

日本人の私は童顔だし、口から出る英語も稚拙だったんですよね。他の国の学生から見た私は、私はかなり子供っぽく見えたのでしょう。

当時の私の年齢(19歳)を伝えたら、「(・・・え?うそでしょ?)」みたいな顔をされて、めっちゃ引かれました。。。この時の外国人学生の顔は、今でも忘れられません…(´;ω;`)

 

本当に、悔しくて悔しくて。

 

せっかく挑戦したオーストラリアでしたが、この旅では「私の英語のできなさ」を思い知らされて終わりました。英語ができるようになるどころか、「英語に対するコンプレックス」が増しただけだったんです。

勉強の仕方を変えたことで、自信が持てるようになっていった

「このままじゃダメだ」

「もっと勉強しなきゃ」

「帰国したら勉強方法を見直そう」

短期留学後の私は、日本にいながらの英語の勉強の仕方をガラリと変えることにしました。

 

英語の勉強方法や、英語に対する意識を変えたことで、だんだんと外国人と英語で話すことが怖くなくなりました。

あるときネイティブの外国人から「ゆうの英語は聞きやすいよ。」と言われた時には、すごくすご〜く嬉しかったのを覚えています。

始めてのオーストラリアで「water」を伝えることもできなかった私が、こんな風に英語を使えるようになるなんて…。自分でも成長したと思います。

 

英語の先生になる

私は、自分の英語へのコンプレックスを克服した経験を生かしたいと思うようになっていました。

大学時代は塾で英語講師のアルバイトをしました。大学を卒業後は英会話教室の正社員として、子供たちに英語を教える仕事をしていました。

 

英会話教室には、イギリス人やアイルランド人の同僚もおり、彼らとの会話や仕事での会議は、もちろん英語で行われました。毎日の事務連絡、イベント等の企画、教室の方針に関する会議、、、相手の話を聞き、正確に自分の意見を伝え仕事をする。仕事で使う英語というのは、最初は苦戦もしましたが、自分なりに工夫し勉強も続けていました。

 

「子供たちに英語を教える」という仕事も楽しくてやりがいがあり、私はこの仕事がとても好きだったんです。

でも1つだけ、モヤモヤす想いを持っていました。

 

それは、大人の英語学習者さんのお手伝いができないこと。

私が勤めていた英会話スクールには、大人の生徒様向けクラスも開講されてはいました。でもメインを「子供」に置いていたため、大人のクラス数は少なく、問い合わせがあってもお断りするということがかなり多かったんですよね。

 

私自身、英語を本格的に勉強し始めたのは大人になってからでした。英語に対してのコンプレックスや、悔しくてもどかしい思いを持ちながらも、英語を克服してきた経験もありました。

なので、「もう一度英語に挑戦したいのに…」という大人の生徒さんの気持ちは、痛いほどよくわかりました。

「大人の英語学習者さんのために、私に何かできることはないだろうか」と思うようになっていたんです。

 

「英語アドバイザー」と「翻訳者」という2足のわらじ

「勤めているスクールでは、大人の生徒さんには貢献できそうにない…」

「だったら自分で、大人の生徒様の英語学習をお手伝いできるサービスを作ってみようかな…」

 

この時から副業として、大人の学習者さん向けに、英語学習相談やレッスンを提供するようになりました。

大人の学習者さんと関わるようになってから、「私ももっと実践的な英語を身に付けなきゃ」と思うようになりました。

自分の英語スキルももっと上げたくて、「子供英会話スクール」から「翻訳者」に転職をしました。

 

大人の学習者さんの英語学習相談をするようになってから、

「ゆうさんのおかげで英語を勉強するのが楽しいです!」

「英語を始めて見える世界が変わりました!」

と嬉しい言葉をたくさんいただけるようになったんです!!

 

生徒さんの中には、ホストファミリーとして外国人の学生さんを家に迎えた方や、外国人の彼氏ができて国際結婚をされた方もいます。

「英語」を通して、生徒さんの生活が少しでも楽しくワクワクしたものになった報告を聞くのが、私はほんっっとうに嬉しいんです。

 

Sちゃんが日本に帰ってきた!

先にも述べたとおり、私の英語を始めるきっかけとなった出来事は、アメリカ人の友達Sちゃんとの出会いでした。

 

「次にSちゃんと会える日がきたら、絶対にもっと話せるようになりたい!」

という私の夢だったことを、ついに叶える日がやってきたのです!!!

 

初めて彼女と出会ったのは2010年でしたが、なんとその約5年後。彼女が日本に帰ってきたんです。今の彼女は、日本で暮らしています。

 

「まさかこんな形で、私の夢を叶えるチャンスがくるなんて…!」

この時の私には、もう英語に対するコンプレックスは、これっぽっちもありませんでした。そして久しぶりに再開した私たちは、まるで幼なじみの友達のように、会話が止まりませんでした。

 

・初めて会った時のこと

・その時から今までどんな生活をしてたのか

・今の仕事のこと

・これからやりたいこと…

たくさん、たーくさん、おしゃべりしました。

 

私とSちゃんは今でも良い友達です。Sちゃんの家にふら〜っと行って3時間英語で女子トークしたり、Sちゃんがアメリカへ一時帰国中には、私の方から彼女を訪ねアメリカへ旅行にも行きました。

 

Sちゃんと話せなくて悔しかったあの時、もしも英語を諦めてしまっていたら…。こんな未来は待っていなかったと思います。

 

英語に対するコンプレックスをなくして、やりたい未来を叶えよう!

この記事をここまで読んでくれたということは、あなたもきっと「もっと英語ができるようになりたい!」という思いや、英語を生かして何か達成したいことがあるのだと思います。

 

私は小さい頃に英会話スクールに通ったことも、海外の長期滞在の経験もありません。日本にいながら、「英語」を使えるようになりました。

私がなぜ、英語が話せないというコンプレックスを解消し、外国人の友達と何時間も英語でおしゃべりできるようになったのか。どうして英語の先生としての仕事や、翻訳者という仕事ができるようになったのか。

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ここまで私のプロフィールを読んでいただきありがとうございました!^^

またどこかで、あなたとお話しできることを楽しみにしております!